「工事請負契約約款」という言葉を聞いたことがあるけれど、契約書とどう違うのかわからない。そんな疑問をお持ちではありませんか?

工事請負契約約款は、契約書だけでは網羅しきれない詳細な条項を定めた重要な書類です。適切な約款を使用することで、契約当事者間のトラブル防止・権利義務の明確化・公平な契約関係の構築が可能になります。
この記事では、工事請負契約約款とは何か、契約書との違いを明確にしながら解説します。約款の役割、必要な条項、主な種類、テンプレートまで紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
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工事請負契約約款とは
工事請負契約約款とは、工事請負契約書では示しきれない、より詳細な条項が書かれた取り決めのことです。「約款」とは定型的な契約条項のことで、これが工事現場に適用されたものが工事請負契約約款です。
工事請負契約約款を利用することで、契約をより画一的に処理できるため、効率よく契約に関する作業を進めることができます。
工事請負契約約款が必要な理由
建設工事の請負契約は、本来、契約当事者の合意によって成立します。しかし、以下のような問題が発生する可能性があります。
【問題①:合意内容の不明確さによるトラブル】
合意内容に不明確・不正確な点がある場合、その解釈規範としての民法の請負契約の規定も不十分であるため、後日の紛争の原因になりかねません。
【問題②:請負契約の片務性】
契約を締結する当事者間の力関係が一方的であることにより、契約条件が一方にだけ有利に定められてしまいやすいという問題があります。特に注文者と請負者の間では、請負者が弱い立場になりやすく、注文者に有利な「片務契約」が結ばれることがあります。
これらのトラブルを防ぐために、工事請負契約書とは別に工事請負契約約款を作成し、権利義務をより詳細に取り決めています。
標準約款の役割
建設業法では、中央建設業審議会(中建審)が当事者間の具体的な権利義務の内容を定める標準請負契約約款を作成し、その実施を当事者に勧告することとしています(建設業法第34条第2項)。
中建審は昭和24年の発足以来、以下の標準約款を作成し、実施を勧告しています。
- 公共工事標準請負契約約款:公共工事用
- 民間建設工事標準請負契約約款(甲)及び(乙):民間工事用
- 建設工事標準下請契約約款:下請工事用
これらの標準約款は、当事者間の公平で具体的な契約内容を示すものとして、広く活用されています。
工事請負契約約款と契約書の違い
工事請負契約約款と工事請負契約書は、それぞれ異なる役割を持っています。両者の違いを明確にしておきましょう。
工事請負契約書とは
工事請負契約書とは、注文者と請負人が工事の発注・受注について合意したことを確認するための書類です。工事名、工期、請負代金額など、その工事に固有の基本事項を記載します。
建設業法第19条により、契約が成立した場合は契約書を作成交付し、双方が署名もしくは記名押印する義務があります。
工事請負契約約款とは
工事請負契約約款は、契約書では網羅しきれない詳細を記載し、合意内容をさらに詳しく記載したものです。工事の進行に伴って発生しうる様々な事態への対応方法や、当事者の権利義務を定めています。
契約書と約款の違い【比較表】
| 項目 | 工事請負契約書 | 工事請負契約約款 |
|---|---|---|
| 役割 | 双方の合意を確認する | 詳細な条項を定める |
| 記載内容 | 工事名、工期、請負代金額など基本事項 | 権利義務、トラブル対応、手続きなど詳細事項 |
| 特徴 | 工事ごとに内容が異なる | 定型的な条項(雛形を使用) |
| 作成義務 | 建設業法で義務付け | 法的義務はないが実務上必須 |
| 位置づけ | 契約の本体 | 契約書の添付書類 |
工事請負契約約款は工事請負契約書の添付書類の1つであり、契約書は約款がなければ成り立ちません。双方の違いと役割が異なる点を理解しておきましょう。
工事請負契約の構成書類
工事請負契約は、以下の書類で構成されます。
- 工事請負契約書:基本事項を記載
- 工事請負契約約款:詳細な条項を記載
- 設計図書:設計図、仕様書
- 見積書(請負代金内訳明細書):金額の内訳
これらの書類を添付することで、詳細な条項を定め、認識違いによるトラブルを防ぎます。
工事請負契約約款の記載項目
工事請負契約約款に記載すべき内容を、必須記載事項と任意記載事項に分けて解説します。
必須記載事項(建設業法第19条)
建設業法第19条で、請負契約書に記載が義務付けられている16項目です。約款にも関連する内容を記載します。
| 記載事項 |
|---|
| 工事内容 |
| 請負代金の額 |
| 工事着手の時期及び工事完成の時期 |
| 工事を施工しない日または時間帯の定めをするときは、その内容 |
| 請負代金の全部または一部の前払金または出来形部分に対する支払の定めをするときは、その支払の時期及び方法 |
| 当事者の一方から設計変更または工事着手の延期もしくは工事の全部もしくは一部の中止の申出があった場合における工期の変更、請負代金の額の変更または損害の負担及びそれらの額の算定方法に関する定め |
| 天災その他不可抗力による工期の変更または損害の負担及びその額の算定方法に関する定め |
| 価格等の変動もしくは変更に基づく請負代金の額または工事内容の変更 |
| 工事の施工により第三者が損害を受けた場合における賠償金の負担に関する定め |
| 注文者が工事に使用する資材を提供し、または建設機械その他の機械を貸与するときは、その内容及び方法に関する定め |
| 注文者が工事の全部または一部の完成を確認するための検査の時期及び方法並びに引渡しの時期 |
| 工事完成後における請負代金の支払の時期及び方法 |
| 工事の目的物が種類または品質に関して契約の内容に適合しない場合におけるその不適合を担保すべき責任または当該責任の履行に関して講ずべき保証保険契約の締結その他の措置に関する定めをするときは、その内容 |
| 各当事者の履行の遅滞その他債務の不履行の場合における遅延利息、違約金その他の損害金 |
| 契約に関する紛争の解決方法 |
| その他国土交通省令で定める事項 |
※2020年10月の建設業法改正により、「工事を施工しない日・時間帯」「その他国土交通省令で定める事項」の項目が追加されました。
任意記載事項(実務上推奨)
法令上は義務付けられていないものの、実務上トラブルを未然に防ぐために記載が推奨される項目です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現場代理人・監督員 | 現場代理人や監督員の権限、通知方法 |
| 工事関係者に関する措置 | 工事関係者の変更請求に関する規定 |
| 工事材料の品質・検査 | 材料の品質基準、検査方法 |
| 支給材料・貸与品 | 発注者から支給される材料や機器の取り扱い |
| 設計変更 | 設計変更の手続き、費用負担 |
| 工事の中止 | 工事中止の条件、再開手続き |
| 部分払・部分引渡し | 出来高払いや部分引渡しの条件 |
| 契約解除 | 契約解除の条件、違約金 |
| 紛争解決 | 紛争が発生した場合の解決方法(調停、仲裁、訴訟) |
| 合意管轄 | 訴訟になった場合の管轄裁判所 |
工事請負契約約款の種類

工事請負契約約款には、作成元や用途によっていくつかの種類があります。主な約款を紹介します。
1. 公共工事標準請負契約約款
国土交通省の中央建設業審議会が作成した、公共工事用の標準約款です。
【特徴】
- 国の機関、地方公共団体等の公共発注者向け
- 電力、ガス、鉄道、電気通信等の民間企業の工事にも使用可能
- 各省庁、都道府県、政令指定都市、公共法人等に勧告されている
2. 民間建設工事標準請負契約約款(甲)・(乙)
国土交通省の中央建設業審議会が作成した、民間工事用の標準約款です。
| 種類 | 特徴 | 適用場面 |
|---|---|---|
| 甲 | 工事監理者がいる場合に使用 | 設計と施工が分離している工事 |
| 乙 | 工事監理者がいない場合に使用 | 設計施工一括の工事 |
※注意点として、民間建設工事標準請負契約約款(乙)は、どちらかというと施主側に有利な内容になっているとの指摘もあります。工事業者がそのまま利用する際は、内容を確認することをおすすめします。
3. 建設工事標準下請契約約款
国土交通省の中央建設業審議会が作成した、下請工事用の標準約款です。元請業者と下請業者の間の契約に使用します。
4. 民間(七会)連合協定工事請負契約約款
建築関連の7つの団体が共同で作成した、民間建築工事向けの約款です。民間建築工事において広く使用されています。
【七会連合協定約款の種類】
| 約款名 | 対象 |
|---|---|
| 工事請負契約約款 | 一般的な民間建築工事 |
| 小規模建築物・設計施工一括用工事請負契約約款 | 請負代金額5,000万円程度までの小規模建築物 |
| リフォーム工事請負契約約款 | 請負代金額500万円以下の小規模リフォーム工事 |
| マンション修繕工事請負契約約款 | マンションの修繕工事 |
5. 住宅建築工事請負契約約款(日弁連)
日本弁護士連合会が作成した、住宅建築工事向けの約款です。消費者保護の観点から作成されており、住宅の注文者(施主)の立場に配慮した内容になっています。
約款の選び方
| 工事の種類 | 推奨される約款 |
|---|---|
| 公共工事 | 公共工事標準請負契約約款 |
| 民間工事(監理者あり) | 民間建設工事標準請負契約約款(甲)または民間(七会)連合協定約款 |
| 民間工事(監理者なし) | 民間建設工事標準請負契約約款(乙) |
| 下請工事 | 建設工事標準下請契約約款 |
| 小規模建築物 | 民間(七会)連合協定 小規模建築物用約款 |
| リフォーム工事 | 民間(七会)連合協定 リフォーム工事請負契約約款 |
| 住宅建築工事 | 住宅建築工事請負契約約款(日弁連) |
工事請負契約約款のテンプレート
工事請負契約約款のテンプレートは、以下の機関から入手できます。
国土交通省(標準約款)
国土交通省のウェブサイトから、以下の標準約款をダウンロードできます。
- 公共工事標準請負契約約款
- 民間建設工事標準請負契約約款(甲)・(乙)
- 建設工事標準下請契約約款
民間(七会)連合協定工事請負契約約款委員会
民間(七会)連合協定の各種約款は、約款委員会から購入できます。
- 工事請負契約約款・契約書関係書式
- 小規模建築物・設計施工一括用工事請負契約約款
- リフォーム工事請負契約約款
- マンション修繕工事請負契約約款
テンプレート使用時の注意点
標準約款やテンプレートを使用する際は、以下の点に注意が必要です。
【注意点①:自社に不利な内容がないか確認する】
標準約款やひな形は、必ずしも工事業者側の利益に配慮して作成されているわけではありません。内容をよく確認し、不利な部分は話し合いをして解消するなどの対策を取りましょう。
【注意点②:自社の工事内容に合わせてカスタマイズする】
契約書がトラブル予防の役割を果たすためには、自社の工事内容にぴったり当てはまる契約書を作る必要があります。標準約款をベースに、自社の実務に合わせてカスタマイズすることが重要です。
【注意点③:最新の法改正に対応しているか確認する】
建設業法や民法は改正されることがあります。使用する約款が最新の法改正に対応しているか確認しましょう。
工事請負契約約款の注意点
工事請負契約約款を作成・使用する際の注意点を解説します。
1. 工事遅延の違約金に注意
標準約款では、工事が遅延した場合の違約金について定めていることがあります。例えば、民間建設工事標準請負契約約款(乙)では、以下のような規定があります。
「延滞日数に応じて、請負代金額に対し年14.6パーセント以内の割合で計算した額」
この割合が適切かどうか、自社の状況に合わせて確認しましょう。
2. 工期の延長規定を確認
天候不順や発注者の都合による工期延長について、適切な規定が設けられているか確認しましょう。工期延長の条件や手続きが明確でないと、トラブルの原因になります。
3. 追加工事・設計変更の取り扱い
工事中に追加工事や設計変更が発生した場合の手続き、費用負担について明確に定めておくことが重要です。
4. 契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)
2020年の民法改正により、「瑕疵担保責任」は「契約不適合責任」に変更されました。約款の内容が最新の法改正に対応しているか確認しましょう。
5. 相手から提示された約款のチェック
発注者から工事請負契約書・約款が提示された場合は、内容を十分チェックし、自社に特に不利になっている点は修正を求めることが必要です。何のチェックもなく契約書にサインすると、後日大きな損害につながる危険があります。
工事請負契約書を作成しない場合の罰則
建設業法により、工事請負契約書の作成・取り交わしは義務付けられています。契約書を作成しなかった場合、以下のような処分を受ける可能性があります。
- 国土交通大臣または都道府県知事からの指導
- 監督処分(営業停止処分など)
- 違反の程度によっては建設業許可の取消し
また、行政処分は公告されるため、会社の信用やイメージにも影響します。適切な契約書と約款を整備しておくことが重要です。
まとめ
工事請負契約約款は、工事請負契約書では示しきれない詳細な条項を定めた重要な書類です。適切な約款を使用することで、契約当事者間のトラブルを防止し、公平な契約関係を構築できます。
この記事のポイント:
- 工事請負契約約款は、契約書の添付書類として詳細な条項を定める
- 契約書は「基本事項」、約款は「詳細な権利義務」を記載する
- 標準約款には公共工事用、民間工事用、下請工事用などがある
- 民間(七会)連合協定約款は民間建築工事で広く使用されている
- 標準約款をそのまま使用せず、自社の工事内容に合わせてカスタマイズする
- 相手から提示された約款は、不利な内容がないかチェックする
工事請負契約約款を正しく理解し、適切に活用することで、スムーズな工事進行と企業の信頼性向上につなげましょう。

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